粛々とした中において。
深く厳かに、除夜の鐘が打ち鳴らされたのはもうすでに去年の出来事と化し。
「、はぐれんなよ」
「ギンコったら心配性ね。手を繋いでるのに、はぐれることなんてできないよ」
「…どうだかな」
日頃は閑散とした趣の神社もこの時ばかりはかなりの盛況振りで、あちらこちらへと寄っては去っていく人の波に揉まれるようにして賽銭箱をめざす。
「え?なに?」
「いんや何でも」
「そう?」
控えめな憎まれ口は幸いにも誰の耳にも届かなかったらしく、はきょとんとした表情を浮かべ。
「ほら、やっと賽銭箱が見えてきたぞ」
「あ、うん」
ギンコは誤魔化すように繋いだ手を軽く引っ張って、目的の場所へと辿り付いたことを知らせると自身もポケットの中をごそごそと探り始めた。
チャリン、チャリンと。
軽妙な音を立て賽銭が格子の中へと滑り落ちていく。
並び立ち、一つ拍手を打つ。
「済んだか?」
「うん」
しばしの瞑目を終えて、後に続く人へとその場を明け渡した。
「じゃ、帰るか」
「ちょっと待って」
「?」
来るとき同様に二人、また手を繋いで。
家路へと踏み出そうとするギンコを引き止めたは単身、社務所へと向かう。
手短に済まされたやり取りの後、戻ってきた彼女の手には。
「これだけは買っておかなきゃ、ね」
金糸の刺繍で守りの文字が刻み込まれた小さな袋。
「ああ、お守りか」
「新年明けたら、やっぱりこれは必須でしょ?」
「そうかい」
「そうです。だからね」
特に興味を覚えない、といった様子に。
おかしげに笑みを浮かべたは、お守りから視線を外したギンコの目の前に殊更近づけるように突き上げて軽く揺らす。
「はい。ちゃんとギンコが持っててね」
「…俺が?」
「そう、あなたが」
強制的に空いた手へと握らされたお守りを眺め、にこやかな微笑みを眺め。
「いや、俺は別に…」
「…だめなの?」
「もらっとく」
一変して沈んだ表情を隠そうともせずに伏し目がちになったの姿に、一も二もなく首を縦に振った。
「ありがと」
「…こっちこそ」
どんな顔をすれば一体どんな行動を取るか。
おおよそ熟知しているであろう表情の変化に、してやられたとばかりにギンコはこめかみの辺りを指先でかいた。
「ギンコの旅が平穏無事であるためのお守り、なんて」
人の波を避けるように、行列の並ぶ通りからは少し離れた場所から。
「結局のところ、私にとっての気休めでしかないのだけれど」
散策するような足取りで、きょろきょろと視線を送っていたが自嘲気味に呟いて振り返る。
「気休めでも得られるものがあるなら。それで十分だと思うがね」
ぷらぷらと宙を右に左に揺れていたお守りは、それを握り締めたギンコの手ごとポケットの奥底へとしまい込まれて。
「そうだね」
頷いたの顔から翳りが消え去る。
「じゃ、今度こそ」
「帰ろっか」
─ 今年も一年、良い年でありますように ─
2006.01.02