ハニー



「やあハニー、君に会えなくて毎日寂しいよ」とか。
「一段と可愛くなったね、ハニー」とか。

顔を合わせるたびに懲りもせず飽きもせず、薄ら寒い言葉を投げかけてくる男、ロイ・マスタング大佐。
歯の浮くような台詞のバリエーションはどうやら尽きるところを知らないらしく。


「よく来たね、ハニー。前会った時より更にきれいになったんじゃないか?」


なんて。
今日も顔をあわせた途端にこのザマだ。

これは新手の精神攻撃に違いない。
そうだ、きっとそうに違いない。
ガキだと思ってからかって遊んでるんだ、コイツは。
そもそも、私の名前が「」だっての、覚えきってないからハニーなんて言ってんだよきっと、とか。
私がいろいろ確信するのも何度目なのか、もはや数える気にもなれない。

深くため息をついた後、全開の作り笑顔を向けてやる。


「ありがとうダーリン」
「礼など無用さ、ハニー」
「ダーリンにそう言ってもらえると、あたし…嬉しさのあまりため息が止まらなくて呼吸困難に陥りそうだわ」
「…適当にやり過ごそうとしているのか力いっぱい対抗しようとしているのか、はっきりしたまえ」


複雑な表情の中にも楽しんでいるような色が見えみえで、私は思いっきり舌を出した。


「やなこった!」
「ふむ、怒った表情というのもまたオツなものだね」
「マゾか、アンタは」
「失敬だな。私はどちらかというと…」
「教えていらん」


馬鹿なノリを無理やり軌道修正して会話をぶちきる。
不満げに口をつぐみつつも、やはり面白がる雰囲気のままで。

やな感じ。


「ところで。今日は鋼のは一緒ではないのかね?」
「エド?残念ね、今日は別行動」
「そうか」
「そ。エドに用があるならこんなところであたしをからかってないでさっさと呼び出しでもかけてみたら?」


バイバーイ、とこれ見よがしに笑顔で手を振ったら。
実に不思議そうにまじまじと眺められて。


「むしろエルリック兄弟の邪魔が入らなくてこちらとしては好都合なのだが」
「へ?」
「ということで、たまにはお茶でも一緒にいかがかな?」
「…はあ?」
「心配するな、君が好むようなケーキを出す店はあらかじめリサーチしてある」
「ちょ、ちょっと待て!」
「何だね?」


ケーキにがっつりと心揺さぶられて一瞬反応が遅れたのはここだけの話。

腕をつかまれ半ば引きずられながら、私がストップをかけると。
出鼻をくじかれた形でマスタング大佐が足を止める。


「あたしさ、今日…」
「用事があるという言い訳なら聞かないぞ」
「なんでよ!?」


使おうと思った言葉を先に禁止されて、思わず噛みつく。
にやりと笑みを浮かべた大佐は、なぜか勝ち誇ったように胸をそらした。


「君の今日の予定はホークアイ中尉から聞いて熟知している」
「ぐあああ!リザ姉に口止めしとけばよかった!」


頭を抱えて吠える私を他所に、追い討ちをかけるかのごとく高笑いする男がひとり。


「私の部下は優秀な者たちばかりでな」
「あの人たちが優秀なのは確かだけど。職権乱用っつーのよ、アンタのそれは!」
「さあ、すっきりしたところで早速出かけようか」
「してない!カケラも!」
「何だ、まだあるのか。手早く頼むよ」
「…その余裕がムカつく…」


ぎゅっと拳を固めようとも、つかまれた腕は開放される様子もなく。


「だーかーらー!あたしには大佐の道楽に付きあう趣味はないっての」
「道楽?」
「からかって遊ぶ対象ならいくらでも他にいるでしょってコト」
「私が君をからかっているとでも?」
「違うとでも?」
「ま、違うといえばウソになるが」


あっさり肯定しやがった、こんにゃろう。
どんな誘いだろうと断固拒否してやると決意も新たに、涼しい態度を崩さない目の前の男をにらみつけて。


「どうぞ、もっと扱いやすくて可愛い『ハニー』でヒマつぶししてくださいませ」
「扱いやすいも何も、私に『ハニー』はひとりしかいないが」
「まだ言うか、この雨天時無能男は」
「無能言うな」
「じゃあ…」
「湿気たマッチもだ!」
「よくわかっておいでで」
「…話をそらすな」
「あ、ばれました?」


ついついヒートアップしたやり取りに、お互い息を整えつつ。
次いで出たわざとらしい咳払いにはとりあえず沈黙を返して先を待つ。


「とにかく、わざわざ時間を作って出てきたんだ」
「頼んでないし」
「お互いの意思疎通のためにも私に付き合ってくれても損はあるまい」
「だから何の話だ、何の」
「金のことなら心配するな、すべて私が持つ」
「ぐっ…」


ケーキでも何でも食べ放題。
なんと魅惑的かつ逆らいがたい言葉か。
私の心の葛藤が手に取るように分かるのだろう。
得たりとばかりに笑う気配がする。


「心は決まったな?」
「うう…、まだ行くとは…」
「さあ行くぞ、
「名前、覚えて…!」


動揺を見透かされて再び腕を引かれて歩き出す。


「私が女性の名前を忘れるとでも?」
「散々ハニーハニーとだけ連呼されたら疑うわッ」
「そう呼んだときの君の反応が面白いからな」
「〜〜〜!!高いモンばっか、いっぱいおごらせてやる!」
「好きなだけ頼みたまえ」


すべて経費に計上すればいいことだ、との言に。
不本意にもまずは私が一敗を記してしまったらしい昼下がり。


お題配布元:ドリーマーに100のお題