大暴れ



「トッシュ兄」
「あ?」
「客」
「ああ」


野営地から幾分か離れた人気のない場所。
暇つぶしと称して軽く刀を交えていた二つの影がおもむろに動きを止め、片方が探るようにぐるりと頭をめぐらし低く抑えた声を漏らす。


「招かれざる、ってやつな」


含んだ口調と目線に誘導されるように、無数に蠢く異形の影へと目を止めたトッシュは、赤くきらめく刀を抜き放ち不敵な笑みを浮かべた。


「だね」


倣って自身の刀を抜きかけたは抜き放とうとする手を強い力で抑えこまれ、幾分か前掛りになっていた体を元に戻し怪訝な表情のまま隣を振り仰いだ。


、ここは俺が引き受ける」
「え?」
「お前は一旦戻って、アークたちに知らせてくれ」
「…ちょっと待ってよ」
「頼んだぜ」


が、不満を多分に含んだ視線は受け止められることなく、トッシュの両目はただ一点を見つめて一瞥すら寄越すつもりもないようだ。
その様子にひっそりと眉間にしわを寄せたは、何を思ったかとどめられていた柄に手をかけ直した。


?」
「……」
「おいって。ちゃんと聞いてんのか?」


沈黙を守り反応を示さない相手に、不審を抱くのは当然のことか。
極力目を放さないように一瞬だけ見下ろしたトッシュの視界に、何故かしきりに首を傾げるの姿が映り込む。


「おっかしいなあ」
「…何がだよ?」
「今、唐突に難聴になっちゃったみたいでさ。なーんにも聞こえなかったんだけど」


独り言のような呟きに要領を得ないまま魔物へと視線を戻した矢先。


。お前、何言って…」


傍らから不自然な風が前方へと通り過ぎた。


「って、ちょっと待て!」
「だけど状況が状況だし、細かい話は後でね」


引きとめようとするトッシュの手をするりとかわし、は単身、敵陣の真っ只中へと飛び出していく。

自ら飛び込んできた獲物に対して嬉々として飛びつき群がる魔物の中で、既に刀を振るっているのだろう。
一つ、また一つと倒れ伏す影が増えるたびに、白刃が鈍くきらめいているのが垣間見える。

しばしの間、唖然と立ち尽くしていたトッシュが、ふと我に返って柄を強く握り締め。


「てめえら…」


一向に減る様子のない魔物の群れへと遅れて飛び込んだ。


「いい加減にしやがれ!」


群れを掻き分けその中心へと体を押し入れ、の死角を突いて繰り出された一撃を怒号と共にトッシュが切り伏せる。
さすがにぎょっとした表情を見せたがわずかにほっと息をついたのも束の間、正面切って怒鳴りつけられ喉元まで出掛かっていた礼の言葉を飲み込んだ。


「お前も!なんて無茶しやがんだ!」
「無茶言ったのはトッシュ兄!」


売り言葉に買い言葉。
お互い動きを止めないまま怒鳴り合い、煽りを食らって生じた勢いを刀を振る力に変え力任せに叩きつけても尚余りあるようだ。
だが、危ない状況を叱り付けられても引けない理由がにはあるらしく、頑としてその場から立ち去る気配を見せない。


「こんなに団体さんで来てるのに、一人で凌ぐなんて。聞けるわけないでしょ」
「だからって、お前なあ…!」
「なによ?一人より二人の方がいいに決まってるじゃない」
「一人が二人になったところで、どうなる数でもねえだろが!」
「だったら余計、私だけ逃げられるわけないっての!!」


互いの主張が平行線を辿る中。


「トッシュ、!」


野営地の方角からアークの声と数名の足音が響き、次第に大きくなっていく。
援軍の気配に口論をやめた二人はほんの束の間無言で顔を見合わせ、どちらともなく刀を強く握り締める。


「色々言いてえことは山ほどあるが。ひとまずお預けだな」
「そりゃこっちの台詞。…あ、でもさトッシュ兄」
「ああ?」
「基本的にやばくなったら助けてもらうこと前提で動いてるからそこんとこよろしくね」
「何だ、そりゃ。だから最初に逃げろって言ったのによ」
「だーかーらー。助けを呼びに行った方が合理的でも、心情的にそうはできない状況ってあるでしょ!…って、それは後!」


延々と続く舌戦に、が一つ地面を蹴って終止符を打つ。
互いの身を案じるがゆえに生じた諍いは、状況が変化を見せると共に消え失せるのは道理だろう。

にやりと笑みを浮かべたトッシュが軽くの肩を叩き。


「バックアップも万全になったことだし、ここは一つ」
「いっちょ大暴れと行くか」
「そうこなくっちゃ」


やがて躊躇う余地もなく、妙にすっきりとした面持ちで二人同時に渦中へと再び身を投じるのだった。


お題配布元:ドリーマーに100のお題