教えてもいないのに、携帯に電話がかかってきた。
『?僕だけど』
どういうルートで番号がもれたのか。
それはそれで凄く問題があると思うんだけど、何より今は。
『今からみんなで遊びに行くから』
今日はまだ復旧がなされていない地区の基礎調査という大切な任務がある。
つまり、邪魔されては正直困るほどに時間が逼迫しているということ。
「…ヤバイ」
階下にて数台のバイクが止まる音が聞こえた。
確認するまでもなく、持ち主たちがじきに姿を現すだろう。
現にドアの向こうには、階段を駆け上がっているような足音が響いている。
「とにかく、ここは別ルートで切り抜けよう」
窓を足場に屋上へ上って。
屋上から他の屋根づたいに抜けていけば鉢合わせすることはないはず。
偶然、その様子を見かけてしまった人がいたら、さぞ肝をつぶすことになるだろうが。
それは運を天に任せるとして。
そう、心に決めてさっと身支度を整えた私は窓の桟に手を置いて。
何故か反対方向から桟に添えられた手に思考が停止した。
「あ、さすが」
手、頭、上半身。
下からは人々のざわめきと、女性の悲鳴が聞こえてくる。
「驚かせようと思ってたのに、よく僕がここから来るって分かったね」
奇しくも予定と予測を先取りする形で登場を果たしたカダージュが、私の顔を見るなり嬉しそうに笑う。
「入るよ」
「遊ぼうぜー」
出かける直前だったのが災いして、鍵をかけていなかったドアから入ってきたロッズとヤズーが後ろに佇み。
今まさに、進退きわまる状況というものを確認した。
「あたし、今忙しいからさ」
また今度ね、と下手に出てみた言葉は。
「イヤだ」
でかい駄々っ子たちに口をそろえて一蹴された。
「そんなこと言われたって、今は一緒に遊ぶ時間がないの」
「じゃあ、いつなら遊べるのさ?」
あからさまに口を尖らせるな、カダージュ。
「仕事に区切りがついたら」
「区切りがつくのはいつ?」
言質を取るのが早すぎです、ヤズー。
「えーと…いつだろ?」
「そんなんじゃ約束にならねえだろ」
だからそこで泣くなロッズ。
「と言われましても。そのうちとしか言いようがないんだからしょうがないでしょ!」
矢継ぎ早に浴びせられる質問と不満に悪いことをしているような気分になってきて、私はため息をついた。
放っておいて無理にでも出かける、という手もあるが。
ぞろぞろとどこまでもついてこられて仕事の邪魔をされたのではたまったものではない。
かといって、言葉で納得するような雰囲気でもないようで。
しばしの黙考の末、ある一つの案にたどり着く。
「あなたたちには負けたわ」
三人の目線がこちらへ集まったのを確認して。
少しだけ間をあけてから頷く。
「わかった、遊びましょ」
「ホント!?」
「ええ、かくれんぼなんてどう?」
「おう!」
「最初の鬼は誰がする?」
「あたしが」
素直に喜ぶ面々に私もにこりと微笑みを送って。
「じゃあ、100まで数えるからね?」
目を覆う振りをして三人が隠れるのを待つ。
「いーち、にーい」
バタバタと音を立てて、部屋から人の気配が消えた。
おそらく、キッチンなりリビングなりへと姿を隠す場所を探して移動したのだろう。
となればこちらも行動開始。
「じゅうよん、じゅうご」
殊更ゆっくりと数えて。
荷物を抱えて桟に手をかけ足をかける。
「にじゅうしち、にじゅうはち」
伸び上がって雨どいを掴んで、わずかな足場を利用しつつ屋上へ上がったときには既にカウントは90を超えていた。
「ほい、ひゃーく、っと」
荷物を抱えなおして、パンと下へ手を合わせる。
「ごめんねー、今日ばかりは本当に時間がないの」
だまし討ちのようで実に気が引けるのだけれど、この際そんなことに構ってもいられない。
あの赤い屋根を越えれば、通りに出られたはず。
さっさと意識を切り替えて、平らな安定した屋根を選んで飛び移る。
「ねえ、ホントは鬼ごっこがしたかったとか?」
「そうそう、実はねー…って」
「じゃあ最初っからそう言えばよかったのに」
「だよなあ?」
脱出が成功して油断してしまっただろうか。
ぴったりと併走する三人に話しかけられて初めて気がつく。
「なんでついてきてるかなあ、もう…」
目論見は、はかなくも潰えたことを。
結局のところ。
本当に目的地までついてこられそうな勢いを制するために、仕事が終わってからの仕切り直しを約束させられて。
なんとかその場をしのいだのだけれど、ね。
2005.10.22