「やれやれだ…」
はー…と、心からのため息を吐き出したギンコが戸を叩いたのはつい先ほどのこと。
唐突に訪れた自然の猛威は、大きくうねり、立ち並ぶ全てのものに等しく吹き荒れる。
キシキシときしむ家を叩きつける霙に近い雪は、雨とまごう程の強い音を響かせ続け。
ひとたび嵐が沸き起これば、立ち向かう術も理由ももたず、ただじっと通り過ぎ鎮まってくれるのを待つばかり。
そんな中にあって、雨音とはまた別のドンドンと力を込めて叩かれた戸に。
「ー!開けてくれ!」
馴染んだ声を聞きつけたが慌てて閂を外し、両腕で自らをかき抱くように寒さに耐え佇むギンコを招き入れて現在に至る。
「こんな大風に見舞われたんじゃやってられんな…」
全身に凍りかけた雪をはりつけた状態で姿を現したギンコは、すぐに手ぬぐいや替えの着物をあてがわれ囲炉裏の前に座り込み。
赤々と燃える火と向かい合い、湿気った煙草を噛みしめながらようやく人心地がついたように身体から力を抜いた。
「そう?」
「ああ。こんだけ風が強けりゃ旅を続けようにも続けられんだろう」
「そっか」
一つ、また一つと。
「そうだね、でも」
温められた室内の梁や柱に急遽めぐらされた紐へ、ありとあらゆるものが手から離れては所狭しと干され、水気をはらんで重くはためいている。
「私はギンコが言うほどいやじゃないよ」
彼女が繰り返す作業同様、一つずつ吟味するように言葉を返していたがふと足を止め、きっちりと閉じられた雨戸へと視線を向けた。
嵐が去る気配は、まだない。
「あ?」
口を開きかけて、止める。
ほんのひと時考えるような仕草を見せたが、ギンコへと視線を戻した時には悪戯な笑顔を浮かべていて。
「たまにはいいもの、運んできてくれるみたいだし?」
「………俺は土産かよ…」
真面目な面持ちで先を待っていたギンコが拍子抜けしたようにがっくりと肩を落とした。
「あら、そう聞こえちゃった?」
「そうとしか見えん」
「おかしいな。そんなつもりはこれっぽっちもないのだけれど」
「ぬけぬけとよく言うぜ」
「ふふ」
八つ当たり気味につつかれた囲炉裏の炭が、ぱっと火の粉を散らせては消える。
二人の耳に届くようになったパチパチと爆ぜる小さな音が、少しだけ風の勢いがおさまりつつあることを告げた。
「なあ、」
「うん?」
「大風に吹かれたからここに来たわけじゃねえからな」
「?」
「ここに来ようと思ってたら嵐にあっちまっただけなんだからな」
立ち寄った理由を、決して履き違えてくれるなと。
「…うん」
揺らぐ炎から目を逸らそうともせず、だが強く主張したギンコに。
「大丈夫。ちゃんと、分かってるよ」
は心底嬉しそうに微笑み頷いた。
2005.12.18