日を追うごとに暖かさを増す季節。
その日はいつにも増して暖かく感じる気温と、降っては止み、止んでは降ってを繰り返す雨のせいなのか、普段よりも幾分か湿度が高く感じられる日だった。
太陽も沈み、夕方から夜へと移行する時間帯に、それは唐突に訪れた。
「あたし、出かける」
「………何を言ってる」
「今日…ううん」
風呂の支度をするために浴室へと向かったはずのが、向かうのにかかった時間の半分の速さで居間へと戻ってきたかと思うと、おもむろにバッグから財布を掴み取る。
「しばらくあたし、帰らないから」
「だから何を…」
硬直した体。
青ざめ凍りついた表情。
「何があった?」
「……」
皆まで言う前に、の異常とも言える様子に気付いたセフィロスがひっそりと眉根を寄せ。
「おい、」
「!!」
返されぬ言葉に焦れて肩を掴むと、大げさなほどにビクリと大きくの体が震えた。
反射的に玄関へと向かおうとするのを遮ったセフィロスは、ただならぬ雰囲気にますます困惑を深めるばかりだ。
「むむむむむむむむ」
宥めても透かしても、逃げ出そうとするに重ねて問いかけようとした言葉は五十音のうちの一文字に制され消える。
「む?」
「むむむ、む、虫が…!」
やがて、彼女の口から飛び出した言葉は、しばしの間セフィロスの思考を停止させるのに十分なものだったらしく、呆れたような、安心したような声が音となって表れたのは不自然な間のさらに後のことだった。
「…虫?」
「お風呂場に!ちっちゃい虫が、いっぱいいたの!」
「そういう季節なだけじゃないのか?殺虫剤でも撒けばいいだろう」
「嫌!!」
至極まっとうな言い分は言下に否定され、少しだけ落ち着いていたの逃亡の動きが再び活性化し始め。
「どんなのでも、どんな状況でも、虫は嫌!」
「あのな…」
「もう、離してよセフィロス!」
「とりあえず落ち着け」
「無理!あんなにいっぱい虫がいたら怖くて落ち着けないってば」
「知るか!」
「いいから…お願いだから、あたしをここから出て行かせてよー!」
不毛な口論は尽きることを知らないようだ。
その後果たして、が家を出ることができたのかというと。
「…ったく」
非常に不本意そうに顔をしかめたセフィロスが殺虫剤とゴミ袋を手に風呂場に向かう姿と。
ご丁寧に最大級の氷の魔法で戸口を封印されたと思しき寝室から、「セフィロスのバカー!」などと言う涙声交じりのの絶叫が、その結果を雄弁に物語っていたとかいなかったとか。
2007.03.29