「はどこだ」
神羅カンパニービル一階ロビーにて、朝っぱらから不穏な空気を撒き散らしつつすごむ英雄がひとり。
不運にもその姿を拝んでしまった神羅社員たちは、自発的に麻痺だの石化だのといったステータス異常を発症してしまっているようだが。
もちろん、そんなことはお構いなしのセフィロスは話の通じそうな相手を見つけ出し、呼び止める。
「はどこにいる?」
「おや、セフィロス。がどうか…」
尊大な態度にも動じずにゆったりとした動作で振り返ったツォンが、最後まで言葉をつむぐことなく絶句する。
「知らないならいい」
相手に向ける言葉を選びかねているといったツォンの珍しい態度に、セフィロスは不快げに眉をひそめさっさと身を翻した。
次に目指すは彼女の職場、副社長室。
「!」
ツォンとの接触から程なくして副社長室の扉を叩いたセフィロスは、相手の返事を待つことなく中へと足を踏み入れる。
が、しかし。
ここにも捜し求める人物の姿を見出せず、部屋の主へと目線を合わせた。
「はどこへ行った?」
「なら出社と同時に私から仕事を奪ってまた出て行ったぞ」
「行き先は?」
アレはものすごい剣幕だったな、と笑うルーファウスを急かすようにセフィロスは問いを重ねる。
「さあな。確かタークスへの指示書も入っていたはずだが。その辺で見かけなかったのか?」
「いや…邪魔したな」
「ああ。そういえばセフィロス」
「なんだ」
欲しい情報だけ得て既に立ち去りかけていたセフィロスが、半分以上、身体を部屋から出した状態で立ち止まる。
そのセフィロスの顔をまじまじと眺めていたルーファウスは実に人の悪い笑みを浮かべ。
「いつの間にかまた男前が上がっているじゃないか」
「放っておけ」
次の瞬間には遠くなる捨て台詞を耳に笑い続ける主のみが部屋に残された。
一方、渦中のはというと。
「ね、一生のお願い!」
「のお願いを聞いてただで済んだためしがねーからイヤだ!」
ソルジャーたちが点在する演習場の待合室で、ザックスを捕まえて座り込んでいた。
「ちょっとザックス。あたし、まだお願いとしか言ってないんだけど」
「だから、そのお願い自体を聞きたくねーってハナシ」
「なんでよ!?」
「そんだけ血相変えてくるってことはどーせセフィロスがらみなんだろ?」
「…そうだけど」
「しかも、ひたすら逃げてるっぽい様子から見て、お前が一方的に悪いと見た」
けらけら笑うザックスに、憮然としながらも反論しないところを見ると十中八九当たっているらしい。
「何したかしんねーけど。お前が悪いんならさっさと謝ってくれば?ちゃんと謝ればセフィロスも悪いようにはしないって」
「そうかなあ…」
「そう、思うか?」
他人事だと思ってどこまでもお気楽なザックスの言葉に、少しだけ心を動かされそうになったとき。
どうやら時間の経過に比例して不機嫌さを十分過ぎるほどに成長させたセフィロスが場に入り込んできた。
「げっ」
見つかったことを認識すると同時にザックスの背後へ回り込んで隠れる。
そのとは対照的に、セフィロスの顔を凝視したままザックスは身を乗り出してはじけるように笑い出す。
「なんだよ、セフィロス!その目!!」
「うるさい」
端正な顔の中心部、くっきりと両目の周囲に残る青黒いアザ。
マジックで線を書き足せば、もしかしたらサングラスで通すことができるかもしれない濃度が怖い。
「。一体何をやったんだ?」
「や、ちょっと寝ぼけてて…」
必死に身を隠しながらも話し始めたの事情説明によると。
明け方近く、彼女はとても開放感に満ち溢れた夢を見たらしい。
ゲーム感覚で向かってくるターゲットを撃退するの前に突如現れた強敵。
しかし、強敵とはいえしょせん夢の中。
疲れを知らない身体と現実をはるかに超える力を有したは高揚した気分のまま両手を突き出し、相手へとつっこんで行って事なきを得る予定だったのだが。
何故か得られた確かな手ごたえ。
生じた疑念が眠気を取りさらい、ふと目を覚まして視界に入ってきたのは苦悶の表情を浮かべたまま眠り続けている銀髪の英雄。
その顔面に立派なアザを見てとったは、謝るよりも何よりもとにかく逃げを打ってしまって現在に至る、とのこと。
状況を飲み込めたザックスは2、3度首を横に振ると、同情の視線をセフィロスへ向けた。
「………気の毒にな」
「違う、不可抗力!悪気はないんだってば!」
「悪気がなかったら逃げてもいいのか?」
「だって、セフィロス起きなかったし。こっそりいなくなればバレないかなーって」
「バレないわけあるか!!」
「ゴメンゴメン、ほんとゴメン!あんまりにもキレイにアザになってたから怖くなって思わず逃げちゃっただけ」
ひたすら低姿勢で謝るを見てザックスが軽く肩をすくめる。
「ま、なんだ。もこんだけ謝ってるわけだし、今回は大目に見てやれば?」
さりげなくセフィロスの顔から視線がそらされている時点で、いささか説得力に欠けた言葉だったが。
セフィロスの注意が終始、へと向いているため問題はないらしい。
「…とにかく、帰るぞ」
登場時よりはいくらか溜飲が下がったのか、割合落ち着いた口調でセフィロスがの手ををつかむ。
「イヤイヤ、あたし仕事中ですから」
「後で電話でも入れておけ」
「そういうわけにはいかないでしょ?ね?あ、湿布取ってきてあげようか?」
そのまま腫れると遮光器土偶みたいになっちゃうね、と自分の眦を引っ張って実演するに、片や空を仰ぎ片や眉を勢いよく跳ね上げた。
「目に湿布を当てるバカがどこの世界にいる!?」
「じゃあ、サングラスもらってきてあげようか?」
「さっきルードに押し付けられて事足りている」
「えっと、それじゃあ…そうそう、ケアルガかけてあげる!」
「普通はその提案を真っ先にするべきだろうが!」
のらりくらりと会話を引き伸ばしつつ、つかまれた手とは反対側の腕をザックスにがっしりと絡めたはずだったのだが。
寸前でザックスに避けられては支えを失う。
「うわっ、ちょっと!」
「さすがに今回ばかりはセフィロスの言うこと聞いといた方がいいんじゃね?」
空を掻いた腕をぶんぶん振り回して再度支えを求めるが、ザックスは一歩、二歩と離れてしまう。
「裏切り者ぉー!」
油断した隙に荷物よろしく抱え上げられたは、どんどん小さくなっていくザックスへ捨て台詞を投げつけ。
「ぎゃー!パンダにさらわれるー!」
「誰がパンダだ!!」
の絶叫とセフィロスの怒号。
いまいち懲りた様子もなく無駄口を繰り返しながら遠ざかっていくふたりの後ろ姿に、自分の選択は間違っていなかったとザックスはひとり大きく頷いた。
2005.10.06