アイタイ。



「会いたいなあ…」


放課後の屋上でがひとりつぶやく。


「会いたい」


フェンスに背中を預けて両足を投げ出したまま空を見上げ、自在に姿を変える雲を眺めながら繰り返される言葉。
なだらかな山型に重ね合わせるかのように軽く細められる目。

の脳裏に浮かぶのは、そう遠くない過去に一度だけ見かけた人物の姿。


織姫やたつきたちと一緒に、高視聴率をはじき出す番組の収録を冷やかしに行った、あの日。
一護をふたつに『分かれ』させるということを目の前でやってのけた男のこと。

同じものを見ていたはずのみんなから何故か消えていた騒動の記憶の理由と、もしかしたらいわゆるヒトメボレってやつかもしれないこの心境と。
はっきりさせることができるかもしれないから。


「会いたいぞー」


幾度目かのの独り言に、少し空しさを覚え小さくため息をついた。


「で、サンは誰に会いたいんスか?」
「誰にって、そりゃ…」
「そりゃ?」
「………」


突如わいた目の前のゲタ帽子をまじまじと眺め、はフェンスをずり上がるようにして立ち上がる。


「不法侵入者」
「え?不法侵入者に会いたいんスか?そりゃ変わったご趣味で…」
「違います」


放っておけば延々と軽口を叩きそうな雰囲気を察して、がすっぱりと切り捨てる。


「おニイさん?のことを指摘しただけ」
「なんでそんな微妙なところが疑問系になりますかねえ」
「そりゃやっぱり微妙だから」


からかうような口調のに、一瞬押し黙った男が帽子ごと頭をかきむしる。


「…その前に普通はもちょっと驚きませんかね?」
「急に話しかけられたこと?それとも急にわいて出てきたこと?」
「不本意ながら両方ですね」
「ちょっとやそっとのことじゃ、あんまり驚けないタチみたいで。て、そんなことよりさ」
「なんでしょ?」
「おニイさん、誰?」


一瞬、何を問われているのか分からないといった表情をした男が、次の瞬間にはがっかりしたようなほっとしたような、複雑な表情を浮かべた。


「…もしかしてアタシのこと、覚えてない、とか…?」
「は?ああ、イヤそうじゃなくて」


自分を指差して今度は更に微妙な表情へと進化を遂げつつある男に、はひらひらと手を振って否定する。


「おニイさんの名前、私知らないんだけどってハナシ」
「あ、なるほど。浦原喜助ってモンです。以後、お見知りおきを…?」
「…それこそなんで語尾が疑問系なのか、理解に苦しむんですけど」
「いや、名乗るのは構わないんですが。よくよく考えたらアタシ、キミの記憶を消しにここに来たんで」
「記憶を、消しに?」
「そうっス。なので『お見知りおきを』はないかなあ、と」
「まあ確かに。そういう目的でここに来たのなら『お見知りおき』なんてしようがないよね」


予想外の答えに、は間の抜けた返事をして。
浦原はというと何がおかしいのか、を視界に納めたまま低く笑い続けている。


「私がなにか?」
「いやいや、失礼。一護サンに聞いていた通りの人だと思いまして」
「一護に?」


一体なにを吹き込みやがった、と渋面になったを見て、浦原がどこからともなく扇子を出し顔を覆う。
さしづめ、扇子の裏では大笑いの最中と言ったところだろう。


「あー、なんかもったいないっスねえ」
「なにが?」


1分間ほど笑い続けてようやく会話を続行する気になったらしい浦原が扇子を閉じてへらりと笑う。


「キミの記憶を消しちゃうのがもったいないってハナシです」
「じゃ、消さなければいいんじゃない?」
「それがなかなかそうもいかないわけでして」
「なんで?」
「ま、いろいろとのっぴきならない事情ってものがあるんですよ」


食い下がるをのらりくらりとかわしつつ。
とりあえずはそれなりに本気で悩んでいるらしく、いつの間にか口元に浮かんでいた笑みが消えている。


「軽々しくは言えないハナシ?」
「そうっスね」
「じゃあ、浦原さんがごっくん飲み込んじゃえば?」
「へ?」


今まさに消そうとしていたのか。
目の前に何かを差し出してきた浦原に対し、動じることなく話し続ける


「だからさ」


邪魔とばかりに目の前の物体をどけて。


「私、別になにも言いふらす気ないし。浦原さんが目をつぶっててくれれば記憶をどーこーする必要、ないじゃない?」


妙案とばかりにぐっとは身を乗り出し。
浦原は半歩下がって若干引いた姿勢になりつつも、言下に否定する気はないらしく、しばらく難しい顔で黙り込む。


「絶対、スか?」


ややあって浦原から発せられたのは、意外にも肯定的な言葉。


「絶対」


一も二もなく頷くの姿に、微苦笑をたたえながらもまんざらでもないため息をついて。

交渉、成立。


「で」
「で?」


扇子をしまいこみ、ヒマなときにでもどうぞと代わりに差し出された名刺からは目を上げて。


「結局、サンは誰に会いたかったんですか?」


話は振り出しに戻る。


「聞きたい?」
「ええ、割と」


もらった名刺をパスケースの中に大事にしまいこんで、先ほどとは逆に身を引く形になったがにこりと笑う。


「とりあえず」
「とりあえず?」
「まだまだ検証中なんで、ナイショです」


少なくとも、片方のもやもやを解消できたが。 果たしてもうひとつの『会いたかった』理由まで解決しているのかどうか。

もちろん、知っているのはひとりだけ、ということで。


お題配布元:ドリーマーに100のお題