ぴこぴこぴこ。
ピンク色の耳が彼女の動きに合わせて伸びたり縮んだり。
「この前は会議」
両手をぎゅっと合わせて。
「その前は接待」
勢いよくぱっと大きく開く。
怒っているんだぞ、という意思表示のつもりだろうか。
ベッドの上にうつ伏せで転がったまま。
ぬいぐるみ相手に先ほどから自分以外にも聞こえる程度の音量でブツブツ言い続けている彼女は、入室してからこっち一度も目を合わせようとしない。
「」
「今日は一体どうなるんでしょうねー」
反応なし。
どうやらあてつけのつもりらしい。
の言葉どおり。
前回、前々回の約束は、本意ではないにしろ外せない用事が割り込んできたおかげでご破算となってしまったから。
当然といえば当然の態度なのだろう。
「うーくん、今日はなにして遊ぼっか」
「」
「…なんですか、いつもお忙しいガイナンさま」
少しだけ語気を強めるとようやく言葉が返ってきた。
「ウサギのぬいぐるみ相手にしゃべるのは楽しいか?」
「べっつにー」
びしびしびし。
くるりと裏返されたぬいぐるみの顔はお世辞にもかわいらしいとはいえない形相。
その面をわざわざこちらに見せて、なおかつ両手を後ろから前へと交互へ繰り出しているところから察するに、一応攻撃されているようだ。
可愛らしいというべきか、子どもっぽいというべきか。
「誰かさんがちっとも構ってくれないからひとり遊びが上手になったなんて、別に言ってませんよーだ」
「まあ、聞いてはないな。確かに」
「さりげない主張でしょ!ここは冷静に切り捨てるところじゃないでしょ!」
「それは失礼した」
ことさら丁重に謝罪の意を示すと、みるみる膨らんでいく両頬。
火に油を注ぐだけと知りつつも、素直に返る反応を見るにつけ止めることのできない構い方。
いつか本気で怒らせて手遅れになるぞ、とJr.に言われたのはいつの話だったか。
「で?」
気がつくといつの間にかぬいぐるみを両手で抱きかかえたままベッドに座り込んだが、嫌そうに書類を一瞥する。
「次はいつ、休みを入れるつもり?」
「次とは?」
「また今日も忙しいんでしょう?いいよ、もう。ガイナンの邪魔にならないようにJr.たちと遊んでくるから」
怒るのではなく、どことなく悲しげな笑顔。
最近、よくこの表情をさせてしまっている自覚はある。
だが。
「そうか。俺は今日、一人で放って置かれるのか」
手に持っていた書類をデスクへ放り出してため息をつくと。
案の定、が怪訝な顔で振り返る。
「折角、とゆっくりできると思っていたのにな」
「…ちょっと」
「残念だ」
悪乗りが過ぎたか。
つかつかと歩み寄ってくるの勢いはいささか怖いものがあるのだが。
「ガイナン」
「何かな?」
「一体いつから用事終わってたわけ?」
「お前が独り言を言い出した辺りだな」
「また人の反応見て楽しんでたのね!?」
「あまりにも楽しそうに呟いてたから」
「楽しそうなわけ、ないし!」
口調の割には嬉しそうな笑顔。
先ほどまでの『相棒』を椅子に座らせる形であっさりと手放したは、差し出した腕にすんなりと絡めてくる。
「さて、今日はどうしたいのかな、お姫様?」
「ショッピングでしょ、ドライブでしょ。あ、映画もいいなあ」
「一日で網羅するつもりか?」
「もっちろん」
「…了解した」
いざとなったらJr.が念話でアクセスしてくるだろう。
忍ばせていた携帯は電源を切って元に戻す。
そして。
出掛けに鳴り響いていた電話は、この際、聞かなかった振りで。
2005.10.14