バタン!
ノックもなく事務所の扉が景気よく開け放たれ、殺しきれぬ勢いのまま転がるように中へと入り込んできた女が一人。
深夜0時。
訪問するにはいささか遅すぎる時間帯。
「分かってるぜお嬢さん。そんだけ急いでるって事はアレだろ?」
だが。
愛用の椅子にふんぞり返り突然の来訪者に驚いた様子もなく、冴えた青い瞳を実に面白そうに細めたダンテは、深い理解を示したかのような素振りで大きく頷いた。
「便所ならこの裏…」
ズコン。
軽やかながらも力強さの感じられる音が響き渡り。
「何だよ、違うのか。じゃあアレだ。ベッドは一つしかねえけど構わねえ…」
ガコガコン!
「あなたが、ダンテね?」
ふざけた物言いをねじ伏せるように、女は確認と言うよりは断定と取れる言葉を口にした。
「…アンタは?」
顔面から転がり落ちてきたドクロたちをひょいと掲げては指先で回し、数回の回転でできた勢いのまま女の後ろに広がる壁へと無造作に放り投げる。
二つは綺麗に元の位置へと収まり、残りの一つは壁にぶつかり粉々に砕け散ってしまう。
カルシウムが足りてねぇんじゃねえのか、などという元オブジェに対する理不尽な独り言を他所に、女は荒らげていた呼吸を正した。
「あたしは。ねえ、ミスター・ダンテ?」
「ああ?」
「突然で大変申し訳ないのだけれど、お願いがあるの」
がそう言い終わらないうちに、周囲に立ち込める殺気。
2匹3匹などといった生易しい数ではない。
もっと大量の、店を取り囲めるほどの濃い気配にダンテの瞳の奥には狂気にも似た悦びの色が浮かぶ。
「ずいぶんと連れ込んだもんだな」
「不本意なんだけどね」
そこかしこから聞こえるラップ音には眉をひそめた。
「何をした?」
「別に。欲しいお宝を悪魔が持っていたからちょっと失敬しただけ」
「ハッ、やるじゃねえか」
叩きつける音は室内に大音量でかかっている音楽さえもかき消すほどになり、手馴れた所作で両手に銃を滑らせたダンテは、ゆったりとした動作でトリガーに指をかける。
「で、報酬は?」
「いくらでも払うわ。その代わり、二度と狙われないように殲滅させて欲しいの」
シンプルな問いに、迷いもなくきっぱりと返したところをみると、どうやらかなりしつこく追い回されていたらしい。
扉の傍を離れ、行儀悪い足が二本ほど乗ったデスクに手を突いて、きしんだ天井から零れ落ちてくる埃をうんざりと眺めている。
「、アンタからは…そうだな」
見られている方が居た堪れなくなりそうなほどまじまじと全身を眺め、エボニー&アイボリーを構えたまま喉を鳴らし笑い続けるダンテには不思議そうな目を向けた。
「金はもらわねえ」
「………無料奉仕してくれる…って雰囲気じゃあないわよねえ、その顔は」
ダン、と踏み抜きそうな強さでデスクを踏みつけて跳ね起きたダンテは、口の端を吊り上げての耳元に口を寄せる。
短く一言、囁かれた言葉に。
呆れやら憤慨やら様々な感情がめまぐるしく浮き上がっては消えた。
「もしかして、女性客の依頼は全部それで請けてるの?」
「いいや?俺だってちゃんと相手を選んでるぜ?」
「選ばれる方の身になって考えたことは?」
「ん、光栄だろ?」
「…二の句が継げないってのはまさにこのことね」
「嬉しすぎて、だろ?」
「言ってなさい」
赤いコートをはためかせて、互い違いに隣へ並び立つダンテからは身体に染み付いた硝煙の香り。
「どうする?」
グリップを握る手に力が込められるとほぼ同時に窓ガラスが砕け散り扉が蹴破られ。
「依頼するのかしねえのか」
なだれ込んだ悪魔たちが目指す中心で、方や嬉々として方や複雑な表情でそれぞれの得物を構え待ち受ける。
契約が成立するまでは動かないつもりらしい。
「あーもう!あたしは高くつくからね!」
銃口に手が届きそうなほどの距離まで悪魔が近づいても微動だにせず、余裕の笑みを浮かべるダンテに、根負けしたようには声を張り上げた。
「契約成立、だな」
ニヤリと相好を崩しギリギリまでひきつけた状態で弾丸の雨を浴びせ、鼻歌混じりに次々と屠っていく。
手を貸す必要もなく悪魔たちが倒れていく姿を気圧されたように眺めたは。
『報酬はアンタな』
報酬の内容を思い出して深く深くため息をついた。
場の鎮圧まであとわずか。
成立してしまったお願いを、どうにか誤魔化して逃げられるか否かはまだ先の話。
2005.12.03