「いたっ…」
硬質な破砕音に次いで聞こえたの声。
「大丈夫か?」
うとうとと、夢と現の境をさまよっていたギンコは、急な目覚めに戸惑うことなく立ち上がり声のした方へと駆け寄った。
「あ、ごめん。起こしちゃったね」
割れたガラスの前にしゃがみこんでいたは驚いたように振り返ると、にこりと微笑む。
「いや、そうじゃなくてだな…」
いつもと変わらないその様子に安堵しかけたギンコが。
の胸元、隠されるように組まれた手に目をとめて表情を俄かにかたいものへと変化させた。
「、手え出せ」
「えー」
「えーじゃねえだろ」
素直に差し出されるかと思われた手は、拒絶の響きを宿してまま場所を変えることなく。
「ほっとけば治るから、いいの」
ずいぶんと深く傷つけてしまったのか。
指先にできた傷からは鮮血が次から次へとあふれ出し、一滴、また一滴としたたり落ちては、散らばったガラスに赤い模様を描いていく。
「そんだけ血い出てんのに、勝手に治るわけねえだろが」
業を煮やしたギンコが半ば強引に手首を掴んで引き寄せると、反発にも似た声が慌てふためいたからあがった。
「ギンコ、お願いだからほっといて!」
自分の手を繋ぎとめている手を引き剥がそうとしながら、自身も身体を引いて距離を置こうとする。
いささか憮然とした面持ちでの様子を見守っていたギンコは力を緩めることなく疑問を口にした。
「何をそんなに嫌がるのかね」
「……」
「言わんとずっとこのままなわけだが」
「…だって」
負けず劣らず不満げに口を尖らせると。
「だって、ギンコの薬、痛いんだもの」
渋々ながらもその理由を打ち明ける。
旅を常とするギンコは、すなわち常に危険と隣り合わせの状態で。
そんな彼が持ち歩く常備薬は効き目が確かなものが多い。
また、良薬ほど相応の苦味や一過性の痛みを伴うことはありがちな話で。
ギンコの持つ薬ももちろんその例外ではなかった。
「………子供か、お前は」
以前にもそういえば一悶着あったな、と思い起こしたギンコは呆れた口調のままぼそりとつぶやく。
「とにかく!気持ちはすごく嬉しいんだけど痛いのはイヤなの!」
「…ったく」
力説すると脱力するギンコ。
お互いの主張が平行線をたどりつつも均衡を保っていた状況に終止符を打ったのは。
「ね?だから離して…って」
何食わぬ表情のまま、傷ついた指先を口に含んだギンコのほうだったようで。
一歩も譲らない勢いだったも呆気にとられて口を噤んでいる。
その間にも簡単な消毒と血止めがなされて、真っ白な包帯が巻きつけられていった。
「ギンコって…」
なされるがままだったが口を開くも続ける言葉を選びかねるように口ごもると。
「んあ?」
「…なんでもないわ」
返された視線にただ小さく礼を述べる。
不自然に途切れた会話を訝しがるギンコを元いた部屋へと追いやるの目元がうっすらと赤らんでいたことは、ただただ本人のみが知るところとなった。
2005.11.27