うつむきがちなシルエット。
声はなく、時折小さく鼻を鳴らし目頭を押さえて佇むの眦に光るのは、拭っても拭っても留まるところを知らない涙。
現状に至る理由はそれだけで十分だった。
らしい。
「てめぇ…覚悟はできてんだろうな!?」
ちゃきり、と十分に手入れされた刀身をきらめかせ、必要以上に凄みを利かせたトッシュが構えた紅蓮の先には。
あまりにも唐突な展開に丸く見開かれた目をぱちくりと瞬かせたポコの姿があった。
「……?」
きっちりと喉元にあてがわれた切っ先を眺めるのが数秒、現状把握に数秒、辺りを見渡し状況を説明できる人物探しに数秒。
すべて合わせてせいぜい10秒強といったところか。
「ええええ〜!何でぼく!?」
当事者のみならず、周囲までもが奇妙な静けさに包まれたのもつかの間。
慌てふためいたポコが頓狂な声を上げ、驚くべき速さで逃げを打つ。
「ポコ、待ちやがれ!」
「ひぃええぇ〜!お助け〜!」
条件反射的に逃げようとせずに理由を聞いてみれば、無駄にこじれることはなかろうに、と。
前触れもなく繰り広げられている追いかけっこに、場に居合わせた面々は次は我が身とばかりに深くため息をついた。
「ん?」
奇しくも騒ぎの元となったが、盛大に鼻をすすり上げながら顔を上げ。
「…なにごと?」
お互いに違う方向性でもって必死の表情を浮かべたままひた走る二人を呆気にとられたように眺めぽつりとつぶやいた。
「涙は止まったのか?」
「へ?」
至って沈着な響きを宿す声は振り返るまでもなくイーガのもので。
「泣いていたのではなかったか?」
「ああ、これ?」
じっと一点を見つめられ残っていた涙をごしごしと手の甲で拭い取ると、ふと、は複雑な表情を浮かべた。
「これは単に目にごみが入っただけなんだけど」
人の合間を実に上手くかいくぐり、そう広くない場所を有効利用した形でポコが逃げ続け、未だに追いかけっこは続いている。
「あれってやっぱり…」
「…だろうな」
そう。
この追いかけっこは、どうやらトッシュがの涙を垣間見てしまったことに端を発しているらしい。
そもそも一体何を勘違いして抜き身の刀を引っさげているのかは、本人に問い質してみないことには分からない話だが。
何よりも。
「とりあえず、トッシュ兄を止めよっか」
時間の経過と共に増えていく床や壁の鋭い傷や、置かれた観葉植物が見るも無残に切り捨てられていく被害の甚大さに。
トーンの下がった声色のがぎゅっと眉間にしわを寄せ、腰に佩いた刀に手をかける。
「待て、。止めるなら私たちが…!」
「あなたたちの手を煩わせるまでもないわ」
据わった目に危険を察知してイーガが引き止めるも、時、既に遅し。
皆まで言い終える暇もなく、の身体は騒ぎの元、トッシュの背後へと間合いを詰めている。
「トッシュ兄」
「おう…うわ!?、何でおめえが刀抜いてんだよ!?」
「…観葉植物の仇…」
「ままままま待て。あ、あれはだな…!」
「問答無用!」
結局のところ。
途中でその趣旨を変え選手交代してまで続けられていた追いかけっこを。
命がけで制したアークたちのおかげで冷静さを取り戻したが、ポコを追い回していた理由を聞き出したところによると、たまたま涙を見せた時点で彼がの傍にいたから、だったとか。
げに恐ろしきは『保護者』の勘違い、ということで。
憔悴しきったアークから、今後、些細なことで涙を流すようなときにはまず、トッシュの傍に行くように頼まれたという話。
2005.12.10