「ホント。困った子だよね、ちゃんってさ」
「藪から棒になんの話ですか、一体」
「いや、だから。ちゃんが困った子だなあって話」
「だから!それが訳わかんないって言ってるんです」
式神を使った唐突な呼び出しに緊急事態かと、自分の式神をフェイクに置いてこっそり抜け出してきた学校の屋上。
ご丁寧に座布団よろしく薄い結界を敷いて給水タンクの傍に座り込んだ我が上司は、いつもどおりの飄々とした雰囲気を纏い実にのんびりとした様子で私の到着を待ち構えていたようだ。
「え、だってさ。メールを送っても全然返してこないじゃない?」
やっぱり返事が来ないってのは寂しいもんだよ等とのん気に嘯くこの人は、私だけでなく、いろんな人が尊敬し羨望する気質と力を有する人、な筈なのだけど。
問題は、底が知れないのは彼の持つ力だけではない、ということ。
「…頭領。ちょっといいですか?」
「ん?なんだい?」
「あたしの記憶に間違いがなければ、学校生活を楽しめと言ってくださったのはあなたでしたよね」
「俺が君をここに派遣したんだから、そりゃそうだろ」
「だったら…」
何を考えているのか。
人が思うことより一つも二つも先を読んでいるであろう頭領の行動を予測することは困難を極め、ましてや彼の行動からもたらされる「何か」を回避することなど不可能に近い。
そして、その状況は今まさに目の前で進行中のようだ。
言葉を選ぶべきか、それともありのままに主張するべきか。
少しだけ悩まないでもなかったけど、正面切って相対しているだけで浮ついて正常な判断すらできなくなりそうで、結局、勢いに任せて後者を選ぶ。
「5分と置かずにメールを送ってくるのはやめてください」
「あれ、迷惑だったかな?」
「迷惑だったかなって、頭領…」
にこにこと笑う顔に取り立てて含むものは見られなかったが、代わりに包み隠そうともしない、とある表情が結論を雄弁に物語っているようにしか見えないが今さら言葉を止めるわけにもいかず。
「頻繁にメールのやり取りしてたんじゃ、学校生活を楽しむ暇なんてあるわけないじゃないですか!」
「まあ、それはそうかもな」
「…やっぱり確信犯なんじゃないですか、こんにゃろ」
最後まで突き進んでみた結果、見事、玉砕と相成った。
どうも人の反応を見て楽しむ節があるこの人は、誰よりも忙しいはずなのに遊び心だけは忘れるつもりがないらしい。
気にかけてもらえるのは嬉しいけれど、この状況ってちょっと複雑。
「さて、と」
名言はせずともその意図があからさまな発言と口にはできない個人的な理由をちょっとだけ含めて、意識するまでもなくがっくりと肩を落としため息をついた私に、もれなく笑い声と立ち上がる気配が届く。
「かわいい部下の様子も見れたことだし、俺もそろそろ仕事に戻るかな」
「…あ、はい…」
もらえる言葉はこの上もなく嬉しいものだけど、どうしても引っ掛かりを覚えてしまうこの言葉。
頭領にとって私…たちは、かわいい部下で大切な家族。
でも、私にとっての頭領の存在は…。
言い出せもしない埒もない想いを吹っ切るために強くこぶしを握って、いつもどおりの笑顔を返す。
「いつもお疲れ様です」
「……」
不自然な間と、微妙な表情。
何か失敗したかな、と少し不安になりかけたとき頭領の顔が近づいてきて小さく耳打ちされた。
それは、私の顔を赤く、青くすることができるとんでもない台詞。
言いたいことだけ言って、颯爽と結界術を駆使しつつ遠くの空へと飛び立っていく姿をただ呆然と見送って、姿が完全に見えなくなると思わずその場にへたり込む。
『かわいい部下』が鍵になってる隠し事、早めに吐き出した方がすっきりするんじゃない?…なんて。
何枚も上手なあの人に、次に顔を合わせたときになんて言えばいいのか。
何もかも見透かしているであろう強か過ぎる相手を思って、ただただ、上手く回らない頭で対処法を考え続ける羽目になってしまったのは、果たして幸運なことなのだろうか。
2007.04.04