「わあ…きれい」
くるくる、くるくる。
おもむろに差し出されたおもちゃを、驚いたように、ややあって嬉しそうに受け取ったは早速目に当てて覗き込んでいる。
「すごくきれいだよ」
「そりゃよかったな」
「ギンコも見てみる?」
「いや、俺は…」
いい、と言いさした言葉は、にこにこと微笑みながら万華鏡を見やすいように傾けて待つに向けられることなく。
少し身をかがませてギンコも小窓を覗き込んだ。
「ね?きれいでしょう?」
「ああ、そうだな」
赤。
青。
黄。
白。
きらきらと色と光が複雑に混ざり合い。
反射して作り出された夢幻の空間は、次々とその姿を変え見る者を魅了する。
「ねえ」
「あ?」
くるくる、くるくる。
しばらくの間、ひとりで静かに楽しんでいたから漏れ聞こえた声に、ギンコは土間に座り込んだまま顔だけを向けた。
「どういう風の吹き回し?」
「何が?」
「この前会ったばかりだったのに、また来てくれるなんて」
大事そうに万華鏡を胸元に抱え込んだまま、ギンコの隣に腰を下ろす。
ひとつところに留まらず、各地を流れ歩いているギンコがこの山里を訪れたのはつい一週間前。
いつもなら次の来訪まで少なくともふた月ほどは間が空くところなのだが。
「しかも、おみやげ付き」
「気に入ったか?」
「うん、すごく」
「そうかい」
即答したに、心持ち満足げな表情を浮かべたギンコは新しい煙草に火をつけた。
一筋の煙が揺らぎながら立ち昇り、屋内に充満する。
思わずその動作を見守っていたが軽く頬を膨らませた。
「話、逸らした…」
「んなこたねえよ」
「あ!もしかして蟲入り?だから早く手放そうと…」
「アホ」
こつんと、の頭を軽く小突いて。
「そんないわく付きのモンだったら、今頃、化野の蔵の中にでも眠ってるだろうぜ」
「やーね、冗談よ、冗談」
「お前のは冗談か本気かよく分からん」
くすくすと笑うとは逆の方向へ煙を吐き出したギンコは明り取りの窓から差し込む西日に目を眇める。
橙色の温かい光がふたりを包み込んで長い影を落とした。
「ただ」
「うん?」
「ただ、が喜ぶ顔を早く見たかっただけだよ」
「…うん」
額をギンコの肩に預けが小さく頷く。
頬に赤みが差して見えるのは夕日のせいか、それとも。
「お夕飯の支度、しなきゃね」
日の光の影響力が弱まるにつれ肌寒さが増してくる。
触れ合っていた温かさを名残惜しむようにはそっと立ち上がった。
「もちろん、食べてくわよね?」
悪戯っぽく強めた口調は、確認でもあり希望でもあり。
ずっとの動きを目で追っていたギンコは、にやりと頬を緩ませる。
「に追い出されない限りは、今夜の宿ももらいたいところなんだがね」
「あら。おみやげのお代は高くついちゃったかしら」
「追い出してみるか?」
「まさか」
長く伸びた影は。
日が落ちて消え去ってしまうまでずっと、ひとつのまま。
2005.10.08