『はい』
5回目のコールで受話器から聞こえる、電話が繋がった音と相手の声。
「もしもし、レノ?」
『な…だ、……か…?』
どうやら繋がりにくい場所にいるらしく途切れ途切れの声しか拾えない。
「レノ?聞こえる?」
『おう、よく聞こえてるぜ、と』
レノが電波を拾いやすい場所にでも移動したのか。
不明瞭だった会話がようやく通じるようになった。
「よかった、繋がって。さっきツォンさんに電話かけたんだけど繋がらなくて」
『ツォンとルードは今、現場に行ってるからな』
「どこ?」
『ゴンガガの山ん中』
「なるほどね」
どのエリアでも麓ならともかく、山に入ってしまったらアウトだろう。
相手に見えるわけでもないのにはひとつ頷く。
「で、みんな元気?」
『はオレたちのへばってる姿、想像つくか?』
「あなたのへたれてる様子なら割と想像つくけどね」
『るっせ』
のからかう口調に、近くにいなくてもレノの膨れた顔が目に見えてくるようだ。
「なんてね。ホラ、毎日顔合わせてた人たちが長期の出張行くとさすがにちょっと心配になるじゃない?」
『一応、ありがたく気持ちは受けておくぞ、と』
「ずいぶんと横柄な態度ね」
『取ってつけたようなフォローでごまかそうとするよかマシだろ?』
憎まれ口を叩きあって、ほぼ同時にふき出す。
体勢を変えた拍子に同じく誰かと通話中のルーファウスと目が合ったは、はたと動きを止める。
直後、本来の目的を思い出したとみえて声のトーンが少しだけ抑えられたものになった。
「て、そうじゃなくてさ」
『ああ、用事があるんだよな?』
「そうそう、あのね…」
つられてトーンダウンしたレノに、用件を伝えようとは言葉を重ねる。
『デートの誘いなら今は無理だぞ、と』
「なんでそうなるのよ」
脱線。
『いや、一人で寂しいからかけてきたんだろ?』
「誰がひとりでさみしがってるってのよ」
『』
「そもそもひとりじゃないし」
タークス以外はみんないるし、と続けたになにやら向けられたブーイング。
『そこはよ、やっぱレノがいないから寂しくって…ぐらい言えよなー』
「ああ、そかそか。うん、やっぱレノがいないからさみしくって」
『思いっきり棒読みかよ』
「えー、持てる限りの思いを込めたのに」
『つまり、最初っからたいして気持ちを込められないほどの思いしか持ってねえってことだな』
「そんな穿った見方ばかりしてると人生楽しくないわよ」
けらけらと笑ったところで再び沈黙。
「そうじゃないんだってば。あのね…」
『仕事の話なら聞かないぞ、と』
「なに言ってんのよ、いい?今から言うからちゃんと聞いてよ?」
『さっきのの言い草にオレ様、いたく傷ついたから、仕事どころじゃないぞ、と』
レノからはあからさまに何かを誘うような間。
それに気づかない振りをするほども野暮ではないらしく。
「まーたそんな適当なこと言っちゃって。ゴメンてば。帰ってくるの楽しみに待ってるからさ」
『んじゃ、そっち帰ったら飲みに付き合うか?』
「帰ってきたその日に早速つきあってあげる」
『絶対?』
「もちろん。みんな一緒にね」
『やっぱりか』
「当然」
互いにペースを崩し崩されながらも、出た結論に不満はないようで。
他愛もない話にひと段落つけたとき、レノの携帯から聞こえる低い音。
『あ、やべ』
「もしかして電池ヤバイ?」
『おう。じゃ、そろそろ切るぞ、と』
「うん、じゃね」
警告音にせかされる形で受話器を置いて、ふと顔を上げた。
正面のデスクにはにやにやと笑うルーファウスの顔。
なにを忘れた?と自問自答する前に導き出された答えは。
「だー!肝心の仕事の話、するの忘れた!」
慌ててリダイヤルかけるの姿に延々笑い続けたルーファウスが。
しばらくの間、これをネタにしてをからかっていたというのはまた後日の話。
2005.10.09