「あっ」
「あ?」
不意に上げられたの声に、振り返ったギンコがつられるままに視線を落とす。
二対の目が辿った先には既に意味を成さなくなった鼻緒が草履から離れ、端を宙に浮かせていた。
二人が次に取った行動は迅速ではあるが、とても意思が疎通しているとは思えないもので。
「ほれ」
「なあに?」
履いていた草履を脱いで裸足になりかけていたは、少しかがんで背中を向けたギンコに不思議そうな表情で首を傾げた。
「何って決まってんだろ。おんぶだよ、おんぶ」
「大丈夫よ。足を怪我したわけじゃないもの」
「じゃ、どうすんだよ?」
「もちろん」
こうするのよと微笑むと、冬の外気が容赦なく冷たさを増し続けている中、地を均す程度にしか舗装されていない道に何の躊躇もなく足を地に付けようとする。
「やめろって」
ぷっつりと途中で切れてしまっている鼻緒は繋ぎ合わせて誤魔化すことも、無論、元に戻すこともできない。
使い物にならなくなった草履を履き続けて足元が覚束なくなるよりは履かない方がまし、という結論は当然と言えば当然のものだったのだが、ギンコに遮られ未だ足元に納まったままだ。
「裸足で歩いたら怪我するかもしれんだろ」
「でも、しないかもしれないじゃない」
「同じ可能性なら、確実に怪我しない可能性の方に賭けたいがね、俺は」
「でも…」
何故か難色を示していたの足を半ば強引に地面から離させて。
「いいから」
ギンコは満足げにゆっくりと歩き始めた。
二人分の重さを持った一人分の足音は、やはり先ほどまでとは違って少し大きな音を辺りに響かせる。
「ごめんね、ギンコ。重いでしょ?」
「背負うのは慣れてるよ」
「………それって、やっぱり私が重いってこと?」
「そうは言ってねえだろ」
「どういうつもりで言ったのよ」
「そりゃあ、まあ。どうとでも取れるように、なあ」
「もう、やっぱり!」
申し訳ない思いで気遣ってはみたものの、返された曖昧な言葉と含み笑いには憮然とした様子で足をぶらつかせた。
「こら、。暴れんなって」
「ギンコが意地悪言うからでしょ」
「お前が負ぶさるのを渋るからだろ」
崩しかけたバランスを危なげなく元に戻したギンコは、煙草をくわえたまま器用に煙だけを吐き出す。
たなびく煙を追いかけるように伸ばされた腕は、間も無く首元に戻ると強すぎない程度に力がこもる。
「だって」
「何だよ?」
「だって、こんな些細なことで迷惑かけちゃ悪いと思って」
「別に迷惑だなんて思っちゃいねえよ」
「…重いし」
「重くねえって」
「本当に?」
「ま、軽くもねえけどな」
「もう!」
恨みがましく取って付けられた一言に思わず吹き出したギンコがなおも続けた軽口を、咎める振りで軽く握った拳をポカリと頭の上に落としてみせたも同じように吹き出し、笑う。
ふざけ合って進む目的地までの道のりは一向に縮まることなく。
しかし、それを負担に感じる様子もなく楽しげなギンコに感化されるかのように、広い背中へとぎゅっとしがみついたは、耳元に唇を寄せて小さくありがとうと囁いた。
2006.1.28