広い部屋の中。
いつものように、大きなベッドの上にうつ伏せる。
軋む椅子の音。
コンソールを操作する音。
着信を知らせる無機的な音──。
「………な…か?」
静かな部屋に響く心地よい低音。
「…聞い……か、…?」
聞く者に広さなど感じさせないほど良く通る声はまるで耳の傍で囁かれているかのようだ。
そう、まるで耳の傍で。
耳の、傍?
「!」
「うわっ」
仕事の邪魔をしてしまわないように大人しく雑誌を見ていたつもりが、いつの間にかぼんやりとガイナンを見ていたらしい。
突如至近距離に現れた顔にびくついた勢いのまま身体を引くと、傷ついた振りでわざとらしく肩を落とされた。
「ガ、ガイナン?」
「目を開けたまま眠るとは。また新しい特技を身に付けたものだな」
「…寝てません」
「そうなのか?その割には何度呼んでも無反応だったぞ」
「………気のせいです」
「まあ、そういうことにしておこうか」
普通の声音、潜められた声、笑い声。
「………、…だ…」
「ガイナン?どうしたの?」
一番好きな『音』がたくさん溢れている場所。
「……、…」
「なに?よく聞こえないよ」
一番好きな『音』がたくさん溢れていた場所。
外で耳にするような騒々しさは全く感じられない程静かな室内だけど、確実に聞こえていたガイナンの所在を示す数々の音は。
「…またぼんやりしちゃってたんだ、あたし」
今ここにはない。
「フィフス・エルサレムかあ…」
大変な仕事に携わっているとか何とか。
彼がデュランダルから降りて当面の拠点をフィフス・エルサレムに定めてからもうずいぶん経つ。
一緒に連れて行って欲しいとこねた駄々は一蹴され、フィフス・エルサレムに寄航するたびに会おうとするけど中々会ってもらえない。
勿論、デュランダルの方へは連絡を入れてくるけど直接会うわけではない。
「ガイナン、元気にしてるのかな」
ずっと前にこぼした、邪魔になったのかな、という愚痴はJr.に言下に否定されたけど。
完全には不安を払拭し切れない。
「あーあ」
鬱々とした気分のままついたため息に、携帯の着信音が重なる。
取るか取らないか、少し迷って結局通話ボタンを押した。
『、どないしたん?出るの遅かったやん』
「ごめーん、なんともないよ。ただ、ちょっとぼうっとしてたみたい」
『そう?ならいいんやけど…って、そうやない!』
心配げだったメリィの声が一際大きくなって慌てたようにまくし立てた。
『今な、ガイナン様から通信が入ってきてるねん』
「ええ!?それを早く言ってよー!」
『がさっさと電話取らんからやろ!』
「だからそれはごめんってば!」
電話の向こうから漏れ聞こえるJr.とガイナンの会話に、しぼんでいた気持ちが一気に形を取り戻していくのを感じながら、叩きつけるみたいにして扉を開く。
今はまだ、ディスプレイ越しの姿とスピーカー越しの声だけど。
『ー!早よせんとガイナン様の通信、切れてまうでー!』
「待って待って、すぐに行くから!」
広い部屋の中で。
いつものように、たわいのないことを言い合えるような日が早く戻ってくるといいな。
2006.07.10