「なあ、ルード」
「何だ」
ひそひそ。
「アレ、どう思う?」
「アレ…?」
ひそ。
スーツ姿の大の大人が声を潜め、頭を寄せ合い見つめる先にいるのは立ったまま何かを話しているセフィロスとザックス。
相手に対して特に用事があったわけではない。
ただ、何かがレノの心の琴線に触れてしまったことに端を発し、現在に至る。
「アレとは…」
なんだ、と言いかけた言葉は。
「なんなのよ?」
背後から割り込んできた声によって、出る機会を完全に失い消えた。
「…」
「どっから湧いて出てきたんだ、と」
「失礼ねー」
内心はどうあれ、表面上は平静を装ったレノとルードの肩に手を置いて顔を覗かせたは、伸び上がるような姿勢で交互に二人を睨め付ける。
次いで正面にセフィロスの姿を確認すると、不満げな態度を一気に解消させた。
「セフィロスがどうかしたわけ?」
面白そうな話なら大歓迎、といったところか。
にやり、と目で笑いあったの声は、先んじて行われていた内緒話のレベルまで落とされている。
「いや、前々から思ってたんだが。あの触角な」
「うん?」
「台所の筆頭天敵なアレにしか見えないんだが。セフィロスはそこんとこ認識した上であの頭なのかな、と」
「うげ。ちょっと止めてよ」
妙に黒光りしてて羽と触角があってガサガサゴソゴソ。
ようやく語りだしたレノのたとえをリアルに想像したのだろう。
あえて明言を避けたは心底嫌そうに眉間にしわを寄せ、思い描いてしまった映像を吹っ切るように小さく頭を振った。
「んでもよ、お前はあの触角を見ても何とも思わないのか、と」
「そりゃあ思うけど。でも、そのたとえだけは嫌」
「じゃ、何ならいいんだ?」
「うーん、そうねえ」
考え込む声に、未だ同じ場所で話し込んでいるセフィロスへ…いや、厳密にはセフィロスの触角へと視線が集中する。
三人とも声には出さないが考えていることは間違いなく同じ。
「コオロギとかって触角あったっけ?」
「何だよ、結局昆虫系か?」
「えっと、じゃあドジョウとか?」
「ありゃヒゲじゃねえのか?」
「そだっけ?」
俄かに連想ゲームじみてきた場の空気が、ひたすら触角というキーワードを基点に論旨がずれ始めた頃合い。
それまでの沈黙を破りルードが低音を響かせた。
「…妖精」
周囲のあらゆる音が停止したと錯覚させるような沈黙がルードの半径約1m以内を支配する。
「………は?」
単語の意味を把握するのに少々。
単語とセフィロスを結びつけるのに少々。
そして、絶句するのに少々。
無言のまま顔を見合わせたレノとはほぼ同時に疑問符を飛ばし、動ずることなく二人の視線を受け止めたルードは再び寡黙なスタンスを取り戻す。
「よ、妖精って触角あったっけ?」
「まあ、虫っぽいイメージが湧かないでもない。かもな、と」
微妙な題材を得て続けられる会話。
どうやら幻聴、ではなかったらしい。
「セフィロスと妖精…」
よせばいいのに後者が持つリリカルなイメージをそっくりそのまま前者へと重ね合わせ。
「…気持ち悪いぞ、と」
「強烈ね…」
精神的ダメージを自ら引き込んだところで。
「お前達」
ついでに渦中の人物も招きよせてしまったようだ。
「俺に何か言いたいことがあるようだな」
一際鋭くなった眼光にレノとはじりじりと後退る。
「ないないない!なんっにもないよ、セフィロス!」
「遠慮するな、」
「遠慮なんてしてないって!いいから刀を納めて!ね?」
「おかしなことを…。俺はいつもこうやって刀を持ち歩いているだろう?」
「いつもとまるで雰囲気が違うから言ってるんじゃない!」
「身に覚えはないとでも?」
身に覚えがありすぎる二人の内、片方は最終的には難を逃れられたとしても、もう片方の身の安全は絶対に保障されないだろう。
口元にだけ笑みを張り付かせ愛刀を引っさげ間合いを縮めようとする姿に、とうとう全力疾走でその場から逃げを打つ。
「レノ!セフィロスを鎮めてきてよ」
「オレにできるか!」
「触角がどうこう言い出したのはあなたでしょ!?」
「妖精云々はルードの発言だぞ、と」
会話の流れから自然と浮き出た人物を振り返り、遠くで変わらず静観しているルードといつの間にかすぐ傍まで逼迫しているセフィロスの姿を目を丸くした。
「俺が逃がすと思ったか?」
「勘弁してよー!!」
今日も元気に神羅カンパニーの本拠地、神羅ビルは賑やかなようで。
お互い本気の追いかけっこがいつ終わるかを、ただ傍観せざるを得ない社員達が密かに賭けに興じていたとかいないとか。
結局のところ、ルードが何を思って妖精の単語を出したのか、本人以外は知る由もないが。
このことをきっかけとして、他愛のない言葉遊びはせめて本人のいないところでという教訓が、少なくともまた追いかけっこが勃発するであろう日までは守られるのかもしれない。
2006.05.05