巻き起こる粉塵。
強く降りしきる雨。
消えかけた町の明かりと。
それに反比例するかのごとく、各所で明滅を繰り返す火花。
そして───。
振り上げられた鉄棒が今まさに頭上へ下ろされようとしてる。
そう、私の上に。
まるで他人事みたいに正面に立つ『人』を見上げると。
感情をなくしてしまった瞳は、ただ無感動に見返してきた。
一体何が起こったのか。
その理由を知ることもなくここで終わってしまうのだろう、なんて。
妙に達観した自分がおかしくて、少し笑ってしまう。
それがきっかけか、単なる偶然かはわからないけど。
何も宿していなかった瞳に狂気の色が閃いて、鉄骨が振り下ろされる。
「……ッ!!!」
さすがに怖くて目をつむった私の身に、予期していた衝撃は一向に訪れず。
ドサリと何かが倒れこむような音に。
恐る恐る目を開いて得た視界には地に倒れ付す鉄棒を持ったレアリエンと見覚えのある人物の後姿。
「ジン…さん…?」
問いかけるのと、彼が振り向いたのはほぼ同時。
「間一髪、でしたね」
穏やかなジン・ウヅキ大尉の声と表情に。
全身の緊張が一気にほぐれていくのを感じた。
「怪我は?」
「だいじょうぶ」
「本当に?」
同じ目線になる高さにしゃがみこんで、外傷の有無を点検しているジンさんの真剣な表情をなんとなく眺める。
どうして彼がここにいるのだろう、とか。
ぼんやり考えていたら、ふと右手を持ち上げられて意識が現実に引き戻される。
「どうやらの大丈夫はあてにならないようだ」
「え?」
逃げる途中、割れたガラスの破片ででも切ったのだろうか。
ほら、と見せられた自分の右腕にちょっと大きめの裂傷と未だ止まらない血が流れていた。
「気づかなかった…」
思わずついて出た言葉に、はどうして自分に頓着しないのでしょうねえと苦笑が重なる。
そうこうしている内にジンさんはテキパキと処置を施してくれて。
腕をつかまれたまま、引き上げられる形で立ち上がった。
「さて。こんなところに長居は無用です」
歩けますか?との問いに何の問題もない旨を伝えて、手を引かれながら歩き出す。
「。今からおまえを安全な場所まで連れて行きます」
「はい」
「そこに行けば脱出用のシャトルが停泊していますから、それに乗ってちゃんと脱出するんですよ」
「はい。…って、ジンさんもでしょ?」
微妙な言い回しにひっかかりを覚えて問い返すと、歩く足を止めないままジンさんが少しだけ顔を向けてきた。
「私にはまだやることがあります」
「え!?でも…」
いくら軍人とはいえ、退却を始めている部隊がいるらしいことは先ほど大人たちの会話を立ち聞いて知っている。
ここに残るなんて、正気の沙汰ではない。
「ちょ、ちょっと待って」
「あ、つきましたよ」
「ジンさん!」
「はいはい、なんでしょう」
「どうしてそんなに落ち着き払ってるかなー、もう」
「そりゃ性分ってヤツでしょうね」
「………」
あくまでもほがらかに話すこの人の腹の内をわかる人がいたらぜひ翻訳をお願いしたい。
目的地について待機していた軍人に一言二言声をかけて私を引き渡そうとするジンさんに食い下がると、ポンポンと頭を撫でられて。
「何も不必要に戦闘を重ねるつもりはありません」
「そりゃそうでしょ」
「ちょっと野暮用と、大事な用を済ませるだけですから」
「野暮用をやめて大事な用を済ませるだけにしてもらえると心配も半減するんだけどな」
「大丈夫、死ぬつもりはありませんよ」
「当たり前!」
相も変わらず聞き入れる気がまったくなさそうな態度に脱力してしまう。
でも。
大事な用、といったらひとつしか考えられないから。
これ以上引き止めるわけにもいかない。
「絶対に助けて、みんな無事に帰ってきてね」
「ええ、必ず」
混乱を極めた状況下。
脱出した先で帰りを待っていられる確証なんてまったくないけれど。
いつかきっと再会できることを願って。
今は、別れよう。
2005.09.16