「いい天気…」
「んあ?」
潮風を香りごと深く吸い込んだが小さくつぶやいて。
釣りを楽しんでいるのだか、釣りにかこつけた居眠りを楽しんでいるのだか。
はなはだ微妙なラインでのほほんと釣り糸をたらしている仙道が反応して聞き返す。
「いい天気だって言ってんの」
「ああ、うん」
そだね、と空を申し訳程度に見上げると、すぐに視線を海面へと戻した。
「自分で聞き返しておいてそこで終わる?ふつー」
「ん」
「…会話を成立させる気、あるの?」
「あるある。てか、成立してるだろ?」
「してたら疑問が入る余地なんてないでしょ」
「おかしいなあ」
「彰が、ね」
が諦めたように大きくため息をついて、ずり落ちそうになっていた体を元に戻す。
背中合わせで突堤に腰を下ろしているふたり。
ひとりは海を見下ろして。
ひとりは空を見上げている。
「はさ」
「うん?」
「なんでそんなに空が好きなわけ?」
「なぜと言われましても」
「ヒマさえあれば見てるだろ」
「そだっけ?」
が首をかしげて考えている様が背中越しに伝わったのだろう。
仙道が面白そうに目を細めて笑う。
「自由で気まぐれ」
「空?」
「うん」
自分が笑われていることに気づいたが、後ろ手に軽く仙道のひざを叩きつつも口を開いた。
「いろんな表情見せてくれて全然つかみどころがないんだけど」
が手をかざし見る先には刻々と姿を変える白い雲。
「大きくてなんでも受け止めてくれそうだから」
「好きなの?」
「そう」
「でも、それなら海でも同じだろ?」
素朴な疑問を受けて、が微笑む。
「海はいつでもすぐに見ることができないでしょ」
彰のおかげでよく見る方だとは思うけどさ、と言いさしてが立ち上がると海面に固定されていた仙道の目線がつられて上がった。
「それにつかみどころのないトコがなんとなく誰かさんを彷彿とさせるのよね…って、ああ!」
何気なく時計に目をやったが大きな声を上げる。
「大変、もうこんな時間!」
あわてて地面においてあったかばんを引っ掴んだ。
「気がすむまでのんびりしたら彰も早く来てよね。新キャプテンさん」
「だけ先に行くの?」
「一緒に余裕もって行くって言うのなら、もちろんそれでも構わないけど?」
「………うーん」
予想通りの反応には笑って。
「魚住さんからウチの人たちのコト、頼まれてはいるけどさ」
「うわあ…」
「今までどおり放任主義を変える気はないから。その辺はそれぞれの自主性に任せるわ」
じゃね、と短い言葉とともにひらひらと手を振ると駆け足で建物の影へと消えていった。
「オレが空、ね」
引き続き釣り糸をたらし始めた仙道が誰ともなしにつぶやく。
「それを言うなら、は海みたいなんだけどな」
空と海が唯一隣りあえる場所で。
微笑んだ仙道の目に映るのは海か、それとも──。
2005.09.30